2014年08月03日

パソコンの功罪

前回のブログで、24年ぶりに
小学生の頃に通っていた学習塾の先生に会うことが出来た…という話を書いた。

その塾長の先生と会うのが24年ぶりだというのに、
私の下の名前まで何となく覚えていた理由…
それは当時、教材の進度の状況を、
すべて手書きで書いていたからだというのだ


当時は、パソコンなんてまったく普及していなかった。
「マイコン」や「ワープロ」などはあったかもしれないが、
誰もが持っているほどのものでもなかった。
私が子どものころは、母が「タイプライター」を持っていたが、
せいぜい、そのくらいのものだった。
でも、別に不自由ではなかった。

だから、先生も生徒の学習の状況を把握するために、
手書きで資料を作成していたという。
生徒の名前も手書きで書いていたそうだ。
長く通塾している子どもはなおさら、
何度も同じ名前を資料に書いたということだった


もし、パソコンが一般的になった現代で、
キーボードで名前を打っていたとしたら、
果たして先生は私の下の名前まで覚えていてくれたのだろうか
…と思ったりする。


そう考えると、現代ってどれだけ人間はパソコンに依存しているのだろう
便利だから、手間が省けるから…
そんなことを言って、パソコンに頼ってばかりで、
頭を使うことがなくなっている。

そんな私もパソコンをフルに使う仕事をしているが、
「こんなことまで要望に応えていたら、
世の中の人間はパソコンなしでは何も出来なくなるほど退化するだろう」と思うほど、
小さな小さな動きまで改善を求めてくるのだ。

でも、世の中って、残業時間は減っているか?
負荷を減らすために、仕事の効率を上げるために、
パソコンを使って、上手くやり繰りしようとしているんじゃないの?

ところが、パソコンを使った業務をすることで、
そのシステムが上手く動くかどうかを日夜監視している人を雇い、
実際に使う側は、「上手く使えない」と文句を言ったり、
「ここは違うから、この場合の計算はこうして」と、
ごく稀なケースでも注文をつけてきたり…。
かえって、ストレスをためてるんじゃないの?

そう考えると、すごく矛盾していることなのに、
システムを作りたいと大きなお金をかけようとする。
そんな細かいことまで機械に頼ってどうするの?
自分の力でやればいいじゃん


社会が複雑化してきたから、システム化した方が良い…って、
それって本当なのかなあ。
工芸など、細かい部分は最後は人の手で仕上げるのだから、
日頃の会社の業務も、最後はシステムに一存するんじゃなくて、
自分で作り上げてみてはどうなんだろう?

かえって、「このデータは本当にあってるの?」って思って
資料をチェックする時間があるなら、
自分で作った方が納得するし、
結果的には時間の短縮になるんじゃないの?



世の中、便利になりすぎてしまって、
もはや何が便利がわからなくなっている。

結局、「おもてなし」なのかもしれないけど、
逐一、全部言うことを聞いていたら、
もしそれが万が一なくなってしまったとき、
困るのは自分自身なんだから。

小さなことなら、機械任せにせずに、
自分で考えてやってみたら?


不便が便利を生む…
でも、便利になりすぎた今、
必要のない機能ばかりつきすぎてしまって飽和状態。
スマホでも、使ったことがない機能がいくつもある。

アレコレと要望に応えて、万人が使わない機能を付けていくより、
絶対に使うものだけを揃えたものがあってもいいんじゃない?
それ以外で、必要が生じたときは、
自分で考えて、何とか対処してみたら?
もっと頭を使うべきだと思うよ。



久々に足を運んだ、私が通っていた塾の先生が
ぽろっと口にした一言から、
こんなことを考えてみました。
posted by KUNI at 02:42| Comment(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月02日

懐かしい方々に会える2014年

今年…2014年は、
何だか10年以上会っていない方々に、
久しぶりに会えている1年であるように思う


東京で暮らしていた頃に務めていた会社の上司に
先日、東京に行ったときに会うことが出来た。
実に11年ぶりのことであった。

確かに振り返れば長い年月である。
だって、私自身、大阪に住むようになって、
かなりの年月が過ぎたように感じるからだ。
東京で暮らしていたのは、
はるか昔のようにすら感じてしまう。

でも、東京に行けばかつての旧友がいて、
まるで学生時代に戻ったかのような話をする…
今の私を作り上げた土壌がここにもあるんだと思い知らされる。


そして先日、地元・広島に帰省した。
広島の空気はやっぱりホッとするものがある。

実は私は小学校1年のときに、
ある全国的に有名な塾というか…に通っていた。
計算問題ばかりをひたすら解き続ける日々、
しかも、そのレベルは自分の学年を超えていた。

私はその塾に6年通っていた。
中1になって辞めたのであるが、
それは部活で忙しくなり、
教室に通うことさえ難しくなったからだ。

そんな教室は今でも健在である
そしてたまたま、甥っ子がその教室に通うことになり、
私はたまたま休みが合ったので、
一緒に行ってみることにしたのである。

中1…私が13歳のときであり、
実に24年ぶりに訪れる当時の塾の教室は、
すごく様変わりしていて、
まったく思い出に浸るような雰囲気ではなかったが、
メインの先生だけは、当時とほとんど変わりがなかった。

そして、私のこともしっかり覚えてくれていた。
しかも、「優秀だった!」ということで…。

そんなこと言うと、
私はすぐに調子に乗りますよ。
天狗の鼻が伸びやすく、有頂天になりやすいんですから
posted by KUNI at 03:02| Comment(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月12日

8時27分の少女

朝って、本当にイヤだね。

もう少し寝ていたいのに、
自分がセットした目覚まし時計で目を覚ます。

朝は矛盾を感じることばかりなんだよね。
目覚まし時計のこともそうだけど、
自分が飛び乗った電車…
でもそれって、行き着く先は会社の最寄り駅。

行きたくないのに、何で飛び乗るんだろう。
そして飛び乗ったら、否応なしに会社の最寄り駅に着くわけで。

まあ、そんなイヤイヤ言っても、
仕事をし始めると、いつもの毎日が始まるわけでして。


そういえば、いつも会社の最寄り駅から、
会社に向けて、トボトボと歩いていると、
いつも8時27分になったら、
私の行く先から、女の子が懸命にこちらに向かって走ってくる


いつも同じ時間なのだ。

8時27分

とぼとぼと歩いている側から見れば、
「もう少し、早く家を出たらいいのに」と思うのだが、
私も、そのくらいの年齢の頃は、
もうギリギリにならないと、家を出ないような状況だった。

学校まで走っていき、
それでも、秒単位で間に合わないときもあったりして、
「遅刻した生徒」として廊下に立たされ、
先生からビンタを食らわされた。

ひどいときなんか、
私が一番、先生のビンタから遠い順番にいたのに、
当の先生が、ビンタしているうちに、
どんどん怒りが頂点に達してきて、
私に順番が回ってきた時には、
「親にもブタれたことないのに!!」と、
漫画みたいなセリフが出そうなほど、
すごい張り手を食らったこともあるほど。


8時27分…その少女にとって、あわてる時間なのだろう。
でも、もう数分でいいから早く家を出てみたら?

起き抜けにいきなり走ると、結構きついもんね。
スマホを操る指先がかなり震えるし。

私からすれば、ぴったり8時27分に来てくれるから、
時計代わりになって便利なんだけど、
走る側からすれば、やっぱり大変だもん。
あと数分で、きっと世界は変わるのに。
posted by KUNI at 02:26| Comment(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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