2015年08月29日

初めて耳にした食べ物

今では当たり前のようにスーパーに並ぶ食材でも、
私が子どものころは一度も聞いたことがなかったような食べ物があったりする。

その1つはズッキーニ

見た目はどう見てもヘチマ。
でも、私が子どもだった30年くらい前は、
ズッキーニなんて食べ物は聞いたことがなかった。

だいたい、「ず」で始まる言葉と言えば、
小学生らしく「図工」か、
もしくは世代は私より古いが「ずうとるび」くらいか。


そんな私が20歳くらいのころか。
お酒のつまみに試しに買ってみたものがある。
それが「ピスタチオ」だ。

正直、当時の私は「ピスタチオ」など、まったく知らなかった。
下ネタの一種だと思うばかりだった

目の前に、ピスタチオを置いてみる。
得体の知れない、みたこともないような形をしている。
どうやって食べたらいいのか、まったく分からない。

そこでひとまずそのまま食べてみた。
すると…


バリバリ、ボキッ!、バリバリ、パキパキパキパキ!!!!


脳みその奥底まで響き渡るような音が聞こえる。
それ以外の音はまったく聞こえてこない。

これのどこが美味しいのか。
うるさくて、味どころではないという感じだった。

そう、ピスタチオの殻の部分もすべて食べたのである。
今思えば、すごいことをしたものだと思う。

あの音は衝撃的だったよ。
そのおかげで、ちょっとやそっとの雷では驚かなくなった。
ピスタチオにかなう雷はないからね・・・ハハハ!!
posted by KUNI at 02:09| Comment(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月04日

卒業式って…

早いもので4月ですな。
このブログもしばらくほったらかしにしており、申し訳ありません…。
気がつけば最後の更新から半年の月日が過ぎていました。

で、4月は出会いの季節というわけで。
先月は別れの季節ということになるでしょうか。

息子が幼稚園に通っていましたが、
今月からはいよいよ小学生になります。
というわけで、3月には卒園式がありました。


ところで、息子が通う幼稚園でも
結構前から、卒園式の練習があったようで。

でもね、昔から思うことなんだけど、
卒園式も卒業式も、事前からかなり練習があるんだよね
卒業証書の授与の仕方、名前を呼ばれたときの返事の仕方。
さらには校歌の合唱の練習…などなど。

本番を迎える頃にはもう疲れちゃって、
もはや当事者の本人にしてみたら、
当日も予行練習の延長のような気がして、
あまり卒業するという意識がなかったりするんだよね…。

卒業式の練習なんて、
まったく必要がないように思うんだけどね

すればするほど、当日の感慨深さが消えてしまうような気がする…
それって私だけなのでしょか。

卒業式こそ、一発勝負。
これで良いじゃない。
posted by KUNI at 00:07| Comment(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月28日

そつある

卒業アルバム…
これって思い出の品だよね。
これを見れば、その当時に戻るような気分にすらなる。


息子ももうすぐ幼稚園を卒園するんだけれども、
そのときは卒園アルバムというものをもらうそうだ。

でも、最近はそのアルバムもかなり特徴が変わっているらしく、
「自分の子どもが写っていないじゃないか」という親があまりに多かったらしく、
好きな写真をチョイスして購入しては、
アルバムの中に貼り付けるというタイプが主流になっているらしい。


でも、その親の言い分って、私からすればかなりバカげていると思う。
そもそもの卒業アルバムの目的が分かっているんだろうか。

自分の子どもが写っていないから腹を立てる…
それも正直、大人がすることではない。
そもそもの卒業アルバムの目的が分かっていれば、
自分が写っているかどうかはまったく問題ではないのだ。


私が中学時代に受け取った卒業アルバムの表紙には
「Open it when you are alone.」と書かれている。
「1人でいるときに開いてください」…
これって、卒業アルバムの本質だと思うんだよね。

年に…いや何年かに一度、時々、昔を思い出すときがある。
そんなときに、卒業アルバムを開くと、
そのときのクラスメイトがいて、
「あぁ、こんなヤツいたなあ」とか、
「コイツ、今、どうしてるんだろう」と思いをめぐらす。
それが卒業アルバムの目的だと思うんだよ。

極端な話、自分が写っている写真は1枚もなくて良い。
せめて、そのときに自分がいたことを示す写真が1枚あれば良い。
むしろ、当時のクラスメイトが写っていればそれでいいんだよ。

親が自分の子どもの写真がないからといって、
子どもが写っている写真を選んでは、
卒業アルバムに入れていっても、
子どもは将来、自分の写真ばかり詰まったアルバムを見返すと思うか?

自分の子どもの写真をアルバムに収めたいなら、
普段から、しっかり成長を記録して、
家族のアルバムを作ればいいと思うわけ。

卒業アルバムってのはね、
将来子どもが、その当時を思い出すために、
その当時の仲間を思い出すためにあるのであって、
自分の写真を見るためではないということ。

目的よりも個々の価値観を重視し過ぎると、
ただのワガママが増えるだけになってしまう。
そもそもの目的は何なのかということをはっきりしておかないと、
その卒業アルバムはただの家族のアルバムになってしまうだけ。

卒業アルバムを何年、何十年も先に見返すのは親じゃない。
実際に、その学校を卒業した子どもなのだから。
その子どもがアルバムを見て「懐かしい」と思うことが大切だということだ。


posted by KUNI at 02:19| Comment(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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